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小牧長久手の激闘。榊原小平太筆「野人の子」と秀吉を誹謗中傷する立札で、あなたは家康派? 秀吉派?【どうする家康 満喫リポート】32 | サライ.jp|小学館の雑誌『サライ』公式サイト - serai.jp

秀吉の大軍と対峙する家康(演・松本潤)。(C)NHK

ライターI(以下I):織田信長亡き後の織田家中の主導権争いが続いています。

編集者A(以下A):織田家の家督は信長から嫡男の信忠(劇中には登場せず)に譲られていました。本能寺の変では信忠に加えて、信長五男勝長も討ち死にしています。ですから、信忠の嫡男である三法師(後の秀信)が跡目を継ぐというのはそんなにおかしいことではない。信長次男信雄(演・浜野謙太)、三男信孝はいったん他家に養子に出ていましたし、信長四男で秀吉の養子になっていた秀勝も病弱だったとはいえ、この段階ではまだ健在でした。

I:そうした中で、秀吉から疎んじられた信雄が家康(演・松本潤)に泣きついて、秀吉と家康との一大決戦に発展したというわけですね。

A:冒頭に愛知県犬山市にある楽田城が登場しました。俗に小牧長久手の戦いと称されますが、かなり広範囲にわたって両軍がにらみ合っていたようですし、意外に全国各地で秀吉派、家康派のにらみ合いがあったようです。

小平太が発した「十万石の檄文」

小平太(演・杉野遥亮)の檄文を聞いた秀吉(演・ムロツヨシ)は……。(C)NHK

I:決戦を前に、家康と家臣団が、秀吉を誹謗中傷する文章を撒こうという話になりました。本多正信(演・松山ケンイチ)らが喧々諤々議論して、達筆の小平太こと榊原康政(演・杉野遥亮)がしたためることになりました。俗に「十万石の檄文」と呼ばれるものですね。

A:愛知県の岡崎市内には立札を持った榊原康政の像があります。その立札に〈それ羽柴秀吉は野人の子、もともと馬前の走卒に過ぎず。しかるに、信長公の寵遇を受けて将師にあげられると、その大恩を忘却して、子の信孝公とその生母や娘とともに虐殺し、いままた信雄公に兵を向ける。その大逆無道、黙視するにあたわず。わが主君源家康は、信長公との旧交を思い、信義を重んじて信雄公を助けんと蹶起せり〉と記されてあります。「十万石の檄文」というのは、これを読んで激怒した秀吉が「榊原康政の首を獲った者には十万石を与える」と言ったということになっているからです。江戸期に新井白石が編纂した『藩翰譜(はんかんふ)』に記されているようです。

I:劇中で、私が印象に残ったのが秀吉の〈所詮、人の悪口を書いて面白がっとるような奴は、己の品性こそが下劣なんだと白状しとるようなもんだわ〉という台詞です。本作の秀吉らしからぬ正しい台詞だなと思いました。

A:この台詞を真に受けると榊原小平太康政が品性下劣な人間ということになります(笑)。もともと小平太は、家康の家臣の家臣。いわゆる陪臣から抜擢された人物で、当初は具足すら満足に揃えられない様子が描かれていました。半農半士の当時でいえば、秀吉とそんなに変わらないのではと思ったりしますが(笑)。

I:小平太の具足といえば、「ちぎれ具足」のエピソードですね。確かにひどい具足でした。とはいえ、小兵太の諱・康政の「康」は家康の偏諱だといわれています。本作は信長と家康のBL要素が話題になりましたが、どうせやるなら「家康と小平太」「家康と万千代」の方がリアリティあったような気もしています。そう思ったとたんに万千代時代の直政(演・板垣李光人)が母ひよ(演・中島亜梨沙)に化粧を施される場面が回想されました。〈見た目がよいのも天賦の才〉と言っていました。

A:なんだか「匂わせ」的な場面でしたから、その辺も意識しているのでしょうね。それはともかく「野人の子」をめぐる一連のやり取りを視聴者はどう受け止めたでしょう。〈家康派〉の視聴者は、「織田家を乗っ取ろうとしている秀吉はひどい奴だ」と感じたのでしょうか? 〈秀吉派〉の視聴者は「家康とその家臣団にいわれたくない」とかいろいろ感じたのでしょうか? 私は、動乱の時代には、それまでの秩序が崩壊して、中世的な価値観では身分が低かった人々が躍動してのし上がることが可能な時代だったことを象徴しているなあ、と感じました。まあ、でも「野人の子」と嘲っていますが、中世のヒエラルキーでいえば、織田信長も家康もそんなに上位ではないのですけどね。尾張は、守護斯波氏の守護代として上三郡をおさめる織田伊勢守家と下三郡をおさめる織田大和守家がありました。信長の弾正忠家は尾張下三郡をおさめる大和守家の三奉行のひとつにすぎません。将軍からみれば、守護、守護代の下に位置する「ひ孫請け」のような存在。

I:それでも「野人の子」と嘲られるのですから、秀吉の出自は異例中の異例。まさに動乱の時代でなければ世に出なかった逸材ということになりますね。表ではともかく、裏ではその出自を嘲笑する感覚はあったのでしょう。

A:だからこそ、秀吉は後々天下人にのぼりつめた際に大村由己(ゆうこ)に命じて、実は自分は貴族の落胤などという由緒を書かせたのでしょう。その気持ちなんとなくわかります。

A:関連して印象に残ったのが家康の台詞です。〈弱く臆病であったわしが……なぜここまでやって来られたのか。今川義元に学び、織田信長に鍛えられ、武田信玄から兵法を学び取ったからじゃ。そして何よりよき家臣たちに恵まれたからにほかならぬ〉。

I:なんかドラマがエンディングに差し掛かったているかのような台詞ですね。

A:家康の〈弱く臆病だったわしが〉という台詞が、本作のコンセプトというか肝の部分になるんですよね。

I:少年時代に弱弱しくて臆病ならわかりますが、大人になっても臆病な姿が描かれました。私は臆病ではなく慎重な人物ではなかったのか、と感じています……。何はともあれ、今後は猛々しい家康であってほしいですね。

大手柄をあげた榊原康政(右/演・杉野遥亮)と本多忠勝(左/演・山田裕貴)。(C)NHK

池田勝入(恒興)、森長可討ち死に。次ページに続きます

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